あたりまえの話
お仕事始めて何度も身にしみてわかったことがある。
画面に映っているもの以外は見えないということ。
例えば一番身近なところでいうと、新人がスタッフに起用されたとしても、見ている人にとってはそんなこと知ったことではないし、どうでもいいのである。
多くの場合、それを作ったのが誰であっても見る人の見方が変わるという事はあまりない。
これは映ってないけど裏ではこうなってこうなってるんだよ。みたいなお話も、好きな人は興味を持って聞いてくれるかも知れないけど、基本お客さんにそれを求めるのは筋違いだ。と、思う。
で、いいんだよわかんなくて。わかるヤツだけわかりゃいいんだから。みたいなのも、芸術家なら許されるかもしれないけど、自分は芸術家ではないので許されない。
これらは真逆の場合もある。
画面には映ってない。でもフレームの外で起きている事態を、フレーム内の何かの演出で、見ている人に想像させるという演出もある。
表面上普通に見れる。しかしその裏ではこうこうこういう事が、実は起きていたので、ほらね最後に辻褄が合う。みたいなものもある。
こういった作りはすごくレベルが高くて、今の自分にはとても難しい。
ただ最後はとてもシンプルで、
結局面白ければ良いし、面白くなければ悪いのである。
こんな当たり前の話でも、身をもって体験すると、痛切に実感する。
良い作品を作りたいという思いも益々強くなる。
良い作品作りたいなぁ。
なるほど!確かにそうかもしれませんね^^(深いですね)
返信削除僕はこう思います。
まず ささきみつる さんが最後におっしゃった”面白い”とは僕が定めるとすると何かですが、”変化”だと思っています。(+α意味を見出させることも)
例を挙げるなら、ずっと同じ動きをするアニメを見ていたらきっと飽きてしまうと思います。慣れですかね;(そこを細かく見て意味を見出して面白く見る方もいると思いますが・・・)しかし、様々な動きをするアニメだったらきっと変化がより出て、そこに意味を見出して面白みを感じると思うのです。
上記のことを考えながら作家とは何かを僕が考えると、お客さんに”変化”するものの意味を意識させたり悟らせようと努力することが作家ではないかと考えています。
あくまで意識させるだけでに気づくかどうかは相手次第といううことだと思います。(意味に気づいて、面白いと思うかどうかも相手次第だと思います。)
>ボクピーさん
削除コメントありがとうございます。
物事が変化して行くのは確かに面白いですね。それも面白いものの一つに間違いありません。
でも自分はそれだけではないと思っています。面白いものって、別に言葉や何かで括る必要はなくて、というか出来ないと思っています。
変化する事は面白いかも知れませんが、変化しても面白くないものもあるかもしれませんよね。
言葉にするとそれにとらわれてしまう気がしているので、
『面白いって何?』みたいなものはあんまり言葉にしないようにしてます。
前は色々そういうのも考えた事ありましたけど、絶対面白そう!って思って作ったものが案外普通だったり、あんま面白くないかなーって悩みながら出したものが意外と面白かったりするので。。
考えたらずなだけかも知れませんけどねー。笑